前回、ラウドネスノーマライゼーションの基礎的な解説をしたのですが、今回はその対策法についてです。
ラウドネスノーマライゼーションとはなんぞや、という方は、先に前回記事↓をご覧ください。
前回内容をざっくり説明すると、
・Youtubeや多くの音楽ストリーミングサービスでは、ラウドネスノーマライゼーションという仕組みを使って音量調整を行っている。これによって曲ごとの音の大きさのバラつきが抑えられる。
・ラウドネスノーマライゼーションは人間の耳で感じる音の大きさを基準にしているので、これまでのようにマキシマイザーなどで音圧上げをしても音量を下げられてしまう。
・Youtubeではその基準は-14LUFSで、それ以上の音は下げられる。それ以下の音はそのまま。
・LUFSのチェックにはラウドネスメーターを使う。
といった感じです。
ちなみに、Apple Musicは-16LUFS、Amazon Musicは-14LFUS、Spotifyは標準で-14LUFS、ニコニコ動画は-15LUFSが、ラウドネスノーマライゼーションの基準値になっています。
無料のラウドネスメーターについては前回記事で紹介しているので、持っていない方はチェックしてみてください。
ラウドネスノーマライゼーションのなにが問題なのか
作り手にとってラウドネスノーマライゼーションが問題となるのは、楽曲の音量が小さくなり、迫力が失われたように感じられる、という部分にあると思います。
しかしながらラウドネスノーマライゼーションを導入しているサービスにおいては、これまでのように、0dBを天井とした部屋の中にどれだけ音を詰め込んで大きくするか、といった音圧上げは意味をなしません。
意味がないどころか、音を大きくするためだけの音圧上げによってダイナミックレンジ(音の強弱の差)が非常に狭くなってしまい、そのまま音量を下げられるとペラペラの音になってしまいます。
まずはこちらの音圧をぱっつんぱっつんに上げた、いわゆる海苔波形をご覧ください。
-6.5LUFSあります。ちなみに今はCD音源でもここまで音圧を上げた曲は多くないと思います。CD音源を作るとしたら、だいたい-8〜-9LUFSくらいを目安にするといいのではないでしょうか。
この曲に-14LUFSのラウドネスノーマライゼーションがかかると、下のような波形になります。
この波形は、最初の-6.5LUFSのものを全体的に7.5dB下げたものです(LUFSとdBは対応しているので)。
波形のピークが潰されたまま小さくなったのがわかると思います。
こうなってしまうと、ピークを激しく潰してまで音圧上げをした意味がなくなってしまいます。
ラウドネスノーマライゼーションへの具体的な対策方法
もし音圧をしっかり上げた自作曲があったとして、これをYoutubeに上げるとしたらどのような対策をするべきか。
やり方はシンプルで、これまで音圧上げに使ってきたマスタートラックのマキシマイザーやリミッター、コンプレッサーなどのダイナミクス系プラグインのゲインを下げて、-14LUFSに近づけていく、基本的にはそれだけです。
音を圧縮せずにダイナミックレンジを広く取ることによって、音の大きさは同じでも、より耳にやさしく、抑揚のある曲にすることができます。
次の波形は、最初に紹介した音圧を大きく上げた曲の、マキシマイザーとコンプレッサーのゲインを下げて-14LUFSにしたものです。
ラウドネスノーマライゼーションによって聴感上の音の大きさはそろえられますが、波形の上下の幅が大きいこちらのほうが、明らかにダイナミックレンジは広くなっています。
要は、マスタリングで音を大きくしようとするのではなく、過度な圧縮をやめてよりよい音にする、という方向に持っていくことが、ラウドネスノーマライゼーションへの対策ということになります。
トゥルーピークの設定
Spotifyではマスタリングのヒントとして、-14LUFSをターゲットにした場合、楽曲全体のトゥルーピーク(True Peak/TP)を-1.0dB以下にすることを推奨しています。
トゥルーピークとはその名の通り「本当のピーク」のことで、音がデジタルからアナログに変換されるときに発生します。
リミッターでシーリング(Ceilingは天井という意味。Output表記のものもある)を0dBにしておけば、それ以上のピークを抑えられると思うかもしれませんが、そこで抑えられるのはデジタルの波形上のピークです。これだと実際に音を鳴らしたときに0dBを超えたピークが発生してしまうため、もっとヘッドルームを広く確保する必要があります。
上の画像は-14LUFSに合わせた曲のラウドネスメーターです。
この曲にはシーリングを0dBに設定したリミッターも入れていますが、一番下のTRUE PEAK MAXを見ると、0.4dBオーバーしています。
この状態でリミッターのシーリングを-0.4dBにすれば、数字上はトゥルーピークを抑えることができます。しかしここからさらに-1dB下げて-1.4dBにすることで、トゥルーピークをより安全な-1.0dB以下にすることができます。
最近のリミッターやマキシマイザーには、トゥルーピークを制御できるものがあるので、それを使用してみるのもいいと思います。
iZotope Ozoneの場合だと、マキシマイザーのTrue PeakをオンにしてCeilingを-1.0dBにするだけなので非常に簡単です。
Ozoneはマスタリングに役立つプラグインがひとまとめになっているのでものすごく便利です。
ちなみに私はいろいろと考えた結果、トゥルーピークが0を少し超えても気にしないことにしました。
その理由については下記の記事をご覧ください。
あわせて読みたい>>トゥルーピークの目安|0dBを超えても気にしないことにしたワケ【マスタリング】
大切なのは自分が望む音の質感
ラウドネスノーマライゼーション対策において気をつけてほしいのが、LUFSの数値をターゲットにして音圧を下げることが、ただひとつの正解ではないということです。
実際に試してみるとわかりますが、しっかりと音圧上げをしたあとにラウドネスノーマライゼーションで下げられた曲と、コンプレッサーをかけずに-14LUFSの音圧にした曲では、その質感は別物です。
-14LUFSをターゲットにすることだけを目的にして音圧を下げてしまうと、自分が望む音の質感から離れてしまう可能性があります。
本当はもう少しコンプ感があったほうがいい気がするけど、圧縮せずに-14LUFSで仕上げたほうが音質がよくなるはずだから、こっちが正解なんだよな、といった感じで本末転倒になってしまいます。
これまでマスタリングでしっかり音圧上げをしてきた方は、過度な音圧上げがよくないことは感覚的にわかっていると思います。しかし一方で、コンプレッション(圧縮)しない曲が必ずしもいいというわけでもありません。
大前提として、自分がその曲の質感を気に入っているかどうかが大事です。
ラウドネスノーマライゼーション対策すべき曲
自分が望む音の質感が大事、と書いたものの、ラウドネスノーマライゼーション対策をしたほうがいいタイプの曲もあります。
過度に音圧上げした曲
音を可能なかぎり大きくするために、歪むか歪まないかのギリギリのラインを攻めているような曲は、音圧を下げたほうがいいです。
前述したように、ダイナミックレンジが狭すぎる曲は、音量を下げたときにペラペラになって聴こえてしまうからです。
マスタートラックの最終段にインサートしたマキシマイザーでぐぐっと大きく音圧を上げているなら、試しにマキシマイザーごと外してみてください。おそらくそれでも-14LUFSよりもかなり高い数値になっているはずです。
今の時代、さすがにギリギリまで詰め込んだ音圧上げはもう求められていません。というかリスナーにそれが求められていた時代がはたしてあったのかという疑問もありますが。
Youtubeにしか上げない曲
Youtubeのラウドネスノーマライゼーションは強制なので、自作曲をYoutubeにだけアップロードする予定なら、-14LUFSをターゲットにしたマスタリングをしたほうがいいでしょう。
実際にアップしたときに原曲の音圧との乖離がないので、視聴者にどのような音で聴かれるのかイメージしやすくなるという利点もあります。
この場合、はじめから-14LUFSを意識した曲作りをしたほうがいい結果を得られると思います。
ミックスの段階で-14LUFS以下に仕上げ、そこからレベルを上げていく調整を行っていきましょう。
結局はミックスが大事
マスタートラック最終段のマキシマイザーや、音圧上げのために使っているコンプレッサーを外して-14LUFSに近づけてからYoutubeにアップしてみても、思ったほど変わらず、ほかの曲より音が小さく感じる場合もあると思います。
そういったときは、マスタリングでなんとかしようとせずに、ミックスを見直してみましょう。
いいミックスは、マスタリングで音圧上げをする前の段階ですでに音に存在感があり大きく聴こえます。
各トラックのボリュームとパンを見直し、EQで周波数帯域を整理し、適度にコンプレッサーで整える。こういった音のトリートメントをして、よりよいミックスにすることで、ラウドネスノーマライゼーションに影響されにくい音にすることができます。
現在は安価で優秀なダイナミクス系プラグインがたくさんあり、音を大きくすることについては非常に簡単になりました。
しかし音を大きくすることで、ミックスのあらをごまかせていた側面もあります。
ラウドネスノーマライゼーションで音量を下げられることにより、プロとアマチュアのミキシングの差が如実に表れるようになったといえるかもしれません。
アマチュアクリエイターにとっては、音圧上げに代わる新たな試練といえます。
あわせて読みたい>>ミックスの基本 – ボリュームとパンの手順とテクニック【ミックス講座1】
Youtubeで音を大きくするための裏技
もしどんな手段を使ってでもYoutubeや音楽ストリーミングサービスで音を大きく聴かせたいという場合は、本末転倒ともいえる裏技があります。
それは音数を可能なかぎり減らすことです。
音数が減って音の隙間ができれば、ひとつひとつの音に割り当てられるスペースが広くなり、結果として音が大きく感じられるようになります。
耳で感じる音の大きさを基準に音量規制しているのに、なぜ音が大きくなったように聴こえるのか。
たとえば、ボーカル、ギター、ベース、ピアノ、ドラムという編成のバンドの曲を-14LUFSでマスタリングしたとします。
その曲のボーカルだけを抜き出したものを-14LUFSに合わせようと思ったら、ボリュームをかなり上げる必要があります。ほかの楽器の音がなくなった分、ボーカルの音量を上げる余地ができたからです。
上のサンプルは、ボーカルとギター、ハイハットを抜き出して-14LUFSに合わせたものですが、最初のものより音が大きく感じられるのがわかると思います。
このようにして、音数が少なければ少ないほどそれぞれの音のスペースが生まれ、音を大きく感じられるようにすることができます。これは音圧上げにも有効な方法です。
もっとも曲全体の音量が大きくなるわけではなく、あくまでひとつひとつの音が大きく聴こえるようになる、というだけですが。
曲の形を大きく変えてまで音楽ストリーミング上で音を大きくすることにはたして意味があるのかはわかりませんが、こうした方法もあるということで。
なにも対策する必要はないという考え方
ここまでラウドネスノーマライゼーションへの対策について解説してきましたが、そもそも対策そのものが必要ではないという考え方もあります。
たとえば、これまで通りの作り方で曲を完成させ、音圧も上げ、その出音に満足しているとします。この場合、それ以上なにもする必要はないです。
Youtubeや音楽ストリーミングサービスにアップしたときに、基準に沿って音量が下げられる、ただそれだけです。
従来行われてきた過度な音圧上げというのは、ほかの曲よりもラウドに仕上げることでリスナーの耳に留まりやすいようにする、という作り手側の都合によるものでした。これが最も激しかった時代には、音圧戦争(ラウドネス・ウォー)という言葉が生まれたほどです。
現在Youtubeや音楽ストリーミングサービスで使われているラウドネスノーマライゼーションは、あくまでリスナーのために採用されたものです。作り手のためではありません。
これらのサービスでは、リスナーは横断的に複数の曲を聴くのが当たり前になっているので、ラウドネスをそろえないと音量が異なる曲が再生されたときにうるさく感じたり、プレイヤーのボリューム操作を行わなければいけなくなってしまいます。
リスナー目線で考えると、ラウドネスノーマライゼーションというのは理にかなった仕組みといえます。
仮に抜け道のようなものがあって自分の楽曲だけ音を大きくできたとして、はたしてそれがリスナーに望まれるものになるかは疑問です。この曲だけうるさいな、と思われる可能性が高いです。
というわけで、ラウドネスノーマライゼーションに対する作り手の態度として「気にしない」というのもアリです。
音楽ストリーミングサービス側で行われているのは単に音量を下げることだけで、基準値以上の音を圧縮したり波形になにか手を加えたりしているわけではないので、人間の聴覚で感じとれるような音質劣化はありません。人間は大きな音のほうをいい音と感じやすいので、元の曲と比べると音質劣化しているように聴こえるかもしれませんが。
前述したように、音圧上げも含めてこれまで通りの曲の作り方でその質感に満足しているなら、ラウドネスノーマライゼーション用にマスタリングしたものをあえて作らなくてもいいですし、音楽ストリーミングサービスのLUFSの基準値を超えていようとそこまで気にする必要もないです。
コンプレッサーで圧縮しないことが、ただひとつの正義なわけではないですしね。ロックやEDM、ヒップホップのように、圧縮してまとまりを出した音質が望まれる場合も多くあるわけです。
プロのアーティストはどうしているのか
YoutubeにアップされているプロのアーティストのMVを見てみると、ラウドネスノーマライゼーションで大きく音量を下げられているものが結構あります。
たとえば、Calvin Harris, Dua Lipa, Young Thug「Potion」(2022年5月)では、Volume / Normalizedの値が100% / 55%となっていて、音量が5.3dB下げられています。
また、あいみょんの「初恋が泣いている」(2022年6月)では100% / 46%で、こちらは6.7dBも下げられています。
これはつまり、ラウドネスノーマライゼーション用にマスタリングした曲を作らず、従来通りしっかりと音圧上げをした音源をそのままMVに使っているということを意味します。
もし100% / 100%に近づくほど音質が顕著によくなるなら、プロのアーティストもそれに合わせてマスタリングをした曲を用意すると思うのですが、実際にはプロのアーティストたちの多くは、Youtube向けになにか特別なことをしているわけではないようです。
とはいえ100% / 100%に近づけているMVも存在します。
Bad Bunnyの「Tití Me Preguntó」(2022年6月)は、100% / 96% (content loudness 0.4dB)と、明らかに100%に近づけた調整を行っているのがわかります。
Drakeの「Falling Back」(2022年6月)も同じく100% / 96% (content loudness 0.4dB)となっています。
ただしこれらのMVは、途中で台詞が入ったり別の曲が挿入されたりしているので、それらと合わせるために音量調整しているだけで、原曲を聴くかぎりマスタリングは変えてはいないようです。
ラウドネスノーマライゼーションによって音圧戦争は終わったのか
Youtubeや多くの音楽ストリーミングサービスがラウドネスノーマライゼーションを導入したことで、音圧戦争が終わったという向きもあります。
個人的な意見としては、音圧戦争と呼ぶほどの状況はもうなくなったが、音圧上げをしなくてもいいというわけでもない、という感じです。音圧を上げた音源も現状では必要になっています。
多くのリスナーのファーストチョイスが、ラウドネスノーマライゼーションのある音楽ストリーミングサービスになっている現在、比較対象として音の大きさが問題になることは少なくなっているといえます。
とはいえプロのアーティストの曲は、今もしっかり音圧上げされたものがCDやiTunes Storeなどで販売されており、ラウドネスノーマライゼーションを導入している音楽ストリーミングサービスにおいても、それがそのまま配信されています。
音楽ストリーミングサービスの中にはラウドネスノーマライゼーションを解除できるところもありますし、SpotifyやAmazon Musicのように、アプリではなくブラウザのWebプレイヤーで聴いた場合、ラウドネスノーマライゼーションが適用されないところもあります。
そもそもラウドネスノーマライゼーション自体、統一されたものではなく、各プラットフォームが独自に基準を決めていて、たとえばYoutubeでは以前-13LUFSだったのが現在は-14LUFSになるなど、プラットフォーム側の都合で変えられてしまうことも起こり得ます。
おそらくは上記のようなことも考慮して、プロのアーティストはこれまで通り音圧を上げた曲を流通させているのだと思われます。
ラウドネスノーマライゼーションの仕組み上、そこまで音楽ストリーミングサービス向けに最適化したものを用意する必要はないと判断しているのではないかと。
アマチュアも同じで、SoundCloudなどラウドネスノーマライゼーションがないプラットフォームもあるので、そういうところにアップするときは音圧を適度に上げたものにするといいのではないでしょうか。まあ音圧を上げなくても問題はありませんが。
まとめ
ものすごく長い記事になってしまったので、ラウドネスノーマライゼーション対策についての要点をざっとまとめてみました。
・がっつり音圧上げしている場合は、曲全体にかかっているマキシマイザーやリミッター、コンプレッサーのゲインを下げて、広いダイナミックレンジを確保しよう。
・-14LUFSをターゲットにする場合は、トゥルーピークを-1.0dB以下にする。
・基準値のLUFSに合わせるよりも、自分がその曲の質感を気に入っているかどうかが大事。
・音量に影響されないミックスを目指そう。
・プロはそこまで特別な対策をしていないようだし、音質劣化するわけでもないので、気にしないのもアリ。
・アマチュアの場合はサービスごとにフレキシブルに対応できるのが強みでもあるので、ラウドネスノーマライゼーションに対応したものを用意してみるのもいいかも。