マスタリングでは曲全体のバランスと音圧感の調整を行います。
デジタルオーディオの世界では音のピークは0dBを超えられませんが、波形が0dBに届いていればどれも同じ音の大きさを感じられるかといえばそうではなく、音が大きく聴こえるようにするには波形全体の密度を上げていく必要があります。
音圧の上げ方は前回紹介しましたが、今回はどのようなツールを使ってどのくらいの音圧にするべきかについて解説します。
RMSメーターを使おう
DAWでよく使われるレベルメーターには、ピークメーターとRMSメーター、VUメーターがあります。
各トラックに標準で付いている音量メーターがピークメーターで、瞬間的な音の大きさを表示します。波形と同じような動きをするので感覚的にわかりやすいと思います。
RMSメーターのRMSとはRoot Mean Square Valueの略で、日本語では実効値といいます。RMSでは音のエネルギーの平均レベルを表示します。
VU(Volume Unit)メーターは、入力音に対しての反応速度が300ms(0.3秒)のレベルメーターです。VUメーターの表示は、人間が音を聴くときに感じる音量感と近いとされています。
ピークメーターは、音が0dBを超えないようにチェックするのに役立つのですが、マスタリングで音圧を上げてリミッターで0dB以下に抑えるように設定していると、0dB付近でちょこちょこメーターが動くだけの代物になってしまいます。
RMSメーターとVUメーターはそれぞれ別の仕組みで動作するものですが、この2つは反応としては似ていて、これらのメーターの針の振れ具合をチェックすることで、どの程度の音圧があるのかを知ることができます。
RMSメーターとVUメーター、このどちらを使ってもいいのですが、最近のDAWだとRMSメーターが標準で付属していることが多いので、それをそのまま使うのが一番手っ取り早いです。
プラグインで使う場合は、マスタートラックの最後段にセットしましょう(マスタリングの場合)。
上の画像はCubaseのMixConsole付属のRMSメーターです。このメーターもそうなのですが、RMSメーターにはピークメーターがセットで付いているものが多いです。上の緑の部分がピーク表示で、下の青っぽい部分がRMS表示です。
実際に使ってみると、ピークのほうがせわしなく動いているのに対し、RMSのほうはもっさりとした動きでうねうねと動いているのがわかると思います。
このうねうねとした動きを追っていくことで、曲の音圧感がわかります。特にサビなど曲中で一番音が大きくなるところでの平均的な動きをチェックしましょう。
目安となる数値ですが、最近の曲だと-6~-9dBくらいのものが多いです。-6より上だとさすがにうるさく感じますし、今の時代そこまで音圧を上げる意義ももはやなくなったと思います。
もっともこの数値はおもに歌ものの場合であって、クラシックやエレクトロニカ、アンビエントなど、ジャンルによってはもっと低いものもあります。
ちなみに上であげた数値は使用するメーターによって差異があるかもしれないので、次に紹介するリファレンス曲を使って、ご自身の環境で確認してみてください。
※AES17基準を使用したRMSメーターだと+3dBになるので注意が必要です。
リファレンス曲を使って音圧とバランス調整をしよう
マスタリングで難しいのは、曲全体の音圧感と音のバランスの良し悪しをどう判断するかについてですが、その強力な手助けになるのがリファレンス曲です。
リファレンス曲(リファレンスCD、リファレンストラック)というのは、なにかそれ用の特別な曲があるわけではなく、参考にしたいプロの楽曲のことを意味します。
市販されているプロの楽曲というのは、熟練のプロのエンジニアが、スタジオの高品質な機材を使ってミックス&マスタリングを行ったものなわけで、それを基準とし、自作曲と何度も聴き比べながら音圧や音質の調整を行うことで、プロの作品に近づけることができます。
基本的には耳で判断するものなので、制作中の曲と同じスピーカーから音が出るように設定していれば、リファレンス曲をDAWに読み込む必要はありませんが、プロの曲がどのような波形になっているかということや、RMSメーターによる音圧感を知ることができるので、はじめのうちはDAWに読み込んで比べてみるのもいいと思います。
ちなみにYoutubeにアップされているものは、アップロード時に圧縮されてしまいますし、Youtubeの仕様によって音量も抑えられているので、正確なリファレンスにはなりません。
リファレンス曲の選び方
リファレンス曲は、制作中の曲と同じジャンルの中から選ぶのがいいでしょう。
作っている曲にもよりますが、個人的にはアメリカの最新のポップスやR&Bを参考にすることが多いです。
マスタリングにただひとつの正解なんてありませんが、もしそれに近いものがあるとしたら、それは現時点で世界でもっとも多くの人に支持されているアメリカの音楽ではないかと。
なんだかこう書くと、前にネットで話題になった「世界一売れているからハンバーガーとコーラは世界一美味い」的な論理に思われそうですが、この場合は腕のあるシェフが最高の素材と調理器具を使って作った料理というほうが近いのではないかと思います。書いている途中でこの説明に穴があるような気がしてきましたが、深く考えるのはやめておきます(笑
いずれにせよアメリカのサウンドプロダクションがトレンドを作っていることは確かですし、自分が望むサウンドが別にあるならもちろんそれでいいのですが、最先端の音の傾向を把握しておくことは、音作りをしていく上で欠かせないと思います。
リファレンス曲での確認ポイント
リファレンス曲を使ってまず確認したいポイントは、全体の音圧感です。
耳で確認して同じくらいに設定すればいいのですが、上で書いたようにリファレンス曲を読み込んで、RMSメーターで確認するのもひとつの手です。
プロの曲でも結構差があって、たとえばクリスチャン・ディオールのMiss DiorのCMにも使われたSiaの「Chandelier」は、かなり音圧が高くてRMSで-6~-7dBくらいで、日本のドラマの挿入歌にも使われ話題になったClean Banditの「Rather Be」は-10~-12dBくらいです。音の隙間が少なく、重厚で壮大なChandelierは全体的に音圧もがっつり上げてあり、一方、音数が少なくシンプルなアレンジのRather Beのほうはダイナミクスを重視した音作りになっています。
このように現代の歌ものにおいても、アレンジや音作りの狙いによって音圧は変わってきます。
もっとも数値だけ見て-6dBくらいまで音圧を上げたとしても、Chandelierと同じような音量感や迫力が出るとはかぎらないんですけどね。数値はあくまで目安で、最後は耳で聴いて判断しましょう。
次に確認したいポイントは低音の出方です。
プロの曲はどんなスピーカーで鳴らしても、しっかり、そしてすっきりとした低音が出ています。
リファレンス曲のキックやベースがどの程度の音量があるのかをチェックして、自分の曲と比べてみましょう。
この場合もリファレンス曲を読み込んで、EQで周波数分析してみるとわかりやすいです。
歌ものの場合は、ボーカルの音量と厚みもチェックポイントのひとつです。
リファレンス曲を参考に、ボーカルをどれくらい前に出すか、またどの程度の厚みや声の左右の広がりがあるのかを確認します。
具体的に数値では表せませんが、曲全体の空気感も参考にするといいと思います。
リバーブのかかり具合を中心に、音の広がり具合や響きがリファレンス曲に近づくように調整してみましょう。
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